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砂漠地域というと、
一年を通して灼熱の土地だと思われがちだが、さにあらん。
それこそ地域に拠る話じゃああるが、
雨期というのがあって、
その期間中に一気にまとまった雨が続く地域もあるし。
砂地は熱が逃げやすいため、
昼間日中は途轍もなく暑くても、
陽が落ちればあっと言う間に、
寒いほど冷え込むという土地もあり。
そも、陽の高さが微妙に違うというだけで、
風の匂いや陽の強さも、意外なほど変わって来るというもので。
「さすがに冬場のようには参りませぬね。」
陽射しが心地いいなんて言っておれたのが、嘘のようですものと。
金細工も繊細な火皿に幾つも灯された、
黄昏色した光の中にて。
オアシスから汲んだ清水へ侍女らが用意した綿布をひたし、
沐浴の代わりとして身を拭っていた小柄な王妃がくすすと微笑み。
それを受けてだろう、
「そうですね。
この国では四季が巡りますから、
夏はもっともっと暑くなりますものね。」
こちら様は一足先に、泉水たたえた浴槽使い、
身を清め終えていた白皙の王妃様が。
足元から這い登る夜気よけ、
毛足の長い絨毯を幾重にも敷いた上へ艶やかに横座りし。
まだ少し湿った金の髪、やはり綿布にて拭っておいで。
いつもは結い上げておいでの豊かで真っ直ぐな髪、
ほどいてしまうと…背中を覆うどころじゃあない、
立ち上がられたその足元まで、
届くのではなかろうかというほどもの長さだったのへ、
「〜〜〜〜〜。////////」
ほわぁあ…という声なき声を上げ、
驚きとそれからあまりの麗しさに言葉もないという、
それは判りやすいお顔になったのが、
こちらも泉につかって砂ぼこりを落としたばかりな烈火の姫であり。
体を冷やしますよと侍女らがどんどん重ね着させるのを
止めもしないほどの気の取られよう。
そして、そんな彼女の他愛のなさへこそ、
年上の妃二人が、微笑ましいというお顔をする。
「あらあら、キュウゾウ様は御存知ではなかったのですか?」
「仕方がありませぬ。
まだ、陽のあるうちしか顔合わせはしていませぬもの。」
親しみ深めたつもりでも、
それぞれの宮での生活こそが中心となる妃たちなので。
自身の身繕い、肌や髪のお手入れに始まり、
教養深める勉強なり、体が鈍らぬようにという鍛練なり(おいおい)をこなしたり、
宝飾品を賜ればそれへの手入れも必要だし、
自分に仕える侍女らの言動もある程度は監視監督し、
場合によっては懲罰も構えねばならずだったりし…と。
これで結構、それぞれにお忙しいため。
お互いを何から何まで知っているかというと、そこはなかなか難しい。
ましてや、第三妃のキュウゾウ殿は、
こちらにやって来て、まだ1年が経つか経たぬかという新参もいいところゆえ、
気づかずにいたことはまだまだお有りでも致し方ない。
そして、
「キュウゾウ殿はキュウゾウ殿で、
あんなに陽の下においでだったのに、
目眩いやのぼせはしなかったのですか?」
知らないといや、第二妃の側からだって、
キュウゾウのことはシチロージから聞いた範囲でしか知らずであり。
ここまで色白でありながら、当地の強い陽に中ってしまわぬは凄まじいと。
「シチさんでさえ、それなりの心掛けをしてから望んでおいでなのに。」
「???」
「ヘイさんたら大仰ですよ。」
苦笑を零したシチロージが、
キュウゾウにも念のためにと渡した香油や茶があって、
肌を痛めぬよう、脱水症状を起こさぬようにという薬用成分がそれぞれにあるもの。
とはいえ、
「俺はもっと南の出だ。」
「あ、そういえば。」
この砂漠の南の限界というほども、
ずんと南の端っこにあるのが炯の国であり。
とはいえ、その姿を見るにつけ、
北領から嫁してきたシチロージと何ら変わらぬ肌の白さが、
ついついそのような誤解を与えるのも無理のないこと。
キュウゾウ自身にも覚えはあるのか、
「俺は、生まれ損ねと思われていたからな。」
「またそんなお言いようをなさる。」
卑下するような言いようはなりませぬと窘めるシチロージへ、
だが、ふりふりとかぶりを振って見せ、
「男の子が生まれなんだから大事にされたと思っていたが、
実はそうではなくて。
いつ大病をしてもおかしくはないと、
周囲が皆して覚悟していたらしくてな。」
この地の民と来れば、
カンベエのようにブロンズ色とか、
はたまたヘイハチのような、少し小麦色の肌が一般的で。
そんな砂の国で彼女のような色白の子が生まれたことに関しては、
『祖父の母が北欧の血を引く娘だったのを、
爺様の父が若気の至りで掻っ攫って来たと言うておったので。』
別段、大騒ぎにはならなんだらしかったが、
それにしたって…紅色の眸は珍しく。
これは色素が足りぬ子だと、きっと体も弱いに違いないと言われていたのだが、
「……全然弱くなんかなかったと?」
「………。(頷、頷)」
そこへゴロベエがやって来て、
欧州にゆけば
スミレ色の眸やエメラルド色の眸の者も
珍しくはありませぬと言うたのでな、と。
彼女なりの自慢というか惚気というかをポロッと零せば、
「〜〜〜〜。///////」
優しいお人ですものねぇと、
ヘイハチがほんのり赤くなる始末。
“…妙な意志の疎通が出来上がりつつあるようですねvv”
くすすと微笑ったシチロージがそのまま想いを馳せたは、
今頃はオアシスの向こう岸に天幕を張っている、覇王カンベエのことであり。
覇王が設けた、こたびのらくだレースの集い。
それを催すは、主城のある城下から少し離れたオアシスに間近い、
競走専用に開かれ整備された広場でだとか。
覇王が盟約結んだ族長たちとの顔合わせと、それから。
粒よりの王妃らの艶姿を披露し、
彼女らの生国もまた それなり勢いある国だということ、
あらためての知ろ示すのが目的のようなもの。
思い切りの速駆けを叶えてもらったキュウゾウ以下、
機嫌の悪い姫がいようはずもなく。
こんな荒れ地へ引き出されても、
余裕の笑顔と涼しげな風情でおれる、万全の用意ありと。
彼女らへのそんな背景ごと、いかに周到かを思い知らせることで、
“我らの母国もまた単なる小国と侮るなという、
あらためての誇示になるのでしょうね。”
北と南、それから西をそれぞれに固める護りの要衝。
元はといや、それぞれに遥かに遠くて、
その距離ゆえに影響力さえ有るか無しやな国だったはずが。
いまやそんな肩書さえ持つ、3つの同盟国であり。
とはいえ
そんな堅苦しくって難しいこと、私たちにはよく判りませんと。
白々しくだか、実はホントにだかも曖昧に、
ほほと微笑っての屈託なくお過ごしの彼女らで。
カンベエとて、
いちいち下心ばかりが優先される仕儀しか打たぬワケじゃあなかろうし。
そうであろうとなかろうと、
一番の身内の我らは、
いっそ知らん顔をするのが最も気が利いているとばかり。
あれこれと感づいていながらも、
その殆どを黙して語らずで通したシチロージ。
彼女がそうと構えた以上、ヘイハチも右へ倣えと従うは当然。
キュウゾウに至っては…何をどこまで把握しておいでやら。
「そう言えば。」
ゴロベエがよく夕日を見ておってと、キュウゾウが切り出せば、
何だなんだとヘイハチが必ずお顔を上げての話の先を促して。
「東の出だと言うておったに、いつもいつも西ばかり見ていて。」
東はそっちじゃないぞと言うても、
“ご当地の夕日があまりにきれいなのでな”なんて
結局、聞いてはもらえなんだのだけれど。
大人たちは大人たちで、
当世では、海へ出るには西の港へ出なけりゃならぬ、
そんな港町に、恋人でもいるのだろと、
勝手な憶測いうておったのだけれども。
「あれは、ヘイハチのいる方角を見ておったのだなと思うてな。」
「え…?////////」
だって、どんなに嫁をと進めても話に乗らなんだ堅物でな。
一度なぞ、強引さで知られた伯父貴が、
無理から席を設けての知人の姫御と引き会わせようとしたのだが、
「酔った振りして宴の踊り子と並んで踊り出してな。」
「そ、それはまた…。」
場は大いに盛り上げたが、
伯父貴は面目潰されたとしばらく怒っておった、と。
世話になってた王族の係累さえそのようにあしらったこと、
ウチでは伝説になっておるぞと。
褒めているのか揶揄なのか、淡々と語ったキュウゾウへ、
「〜〜〜〜〜〜。//////」
第二妃が真っ赤になったのも束の間のこと。
もっと他にはありませぬかと、
日頃は山ほどご本をお読みな政務官だのに、
お話せがむ珍しい光景が見られた、
女性たちだけが寛ぐ天幕の中。
空には冴え冴えとした真珠色の月が、
そんな彼女らのおしゃべりへ耳傾けてござったそうな。
〜Fine〜 11.05.19.〜05.21.
*後半は、
王妃様たちの“ガールズトーク”みたいになっちゃいましたな。
考えようによっちゃあ、
妃らさえも政策上での道具立てにしたように
見えなくもない運びでしたが。
どこかで政策や戦略がらみな格好にしないと、
なかなかこういった大胆なことも出来ないお立場のカンベエ様だと。
目的を別なところに据えつつ、
自分たちを構って下さったのだと
思うことにしたシチさんだったらしく。
後宮を束ねる第一夫人、
しっかり者のシチさんで本当によかったねぇ、カンベエ様vv
めーるふぉーむvv


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